緊急事態条項がいらない理由を整理した
参院選で自民党が勝利し、憲法改正がより近づいたと言われる。「日本会議の研究」にも書いてあったが、2016年7月現在の自民党の方針としては、憲法9条ではなくより通りやすい緊急事態条項の追加をターゲットにしているとのこと。
自分は自民党の憲法改正には内容如何に関わらず反対である。なぜなら、安保法案のときの憲法解釈変更で分かる通り、自民党はそもそもルールを守るつもりがないと見えるからである。ルールを守らないやつが「ルール変えようぜ!」と言っているので、嫌な予感しかしない。
しかし「自民党が嫌いだから」で反対していたのでは議論にならない。緊急事態条項のこともあまり知らないのではよくない。
そこで、図書館で目についた本を借りてきた。反対派の弁護士によって書かれた本である。この本は読みやすかったが、急いで執筆・発行されたためか編集ミスが少し目立った。
よくわかる緊急事態条項Q&A――いる? いらない? 憲法9条改正よりあぶない!?
- 作者: 永井幸寿,ぼうごなつこ
- 出版社/メーカー: 明石書店
- 発売日: 2016/06/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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以下この本から議論の要点を抜粋する。
- 緊急事態条項(自民党草案98条,99条)がいらない理由
- (1)憲法の脆弱性になるため
- (2)そもそも必要なケースがない・少ないため
- 震災級の災害があると色々しっちゃかめっちゃかになる。緊急事態条項があればスムーズに解決できるのでは?
- 災害時、デマや憶測の流布が問題となる。情報の統制や表現の自由の制限は必要では?
- 南海トラフなどの不測事態の対策に国家緊急権が必要では?
- 災害時に縦割り行政や法律の壁が問題となることがある。緊急事態条項があれば解決できるのでは?
- 災害時、ねじれ国会となっていると立法に支障がある。国家緊急権が必要では?
- 世界中でテロが起きている。テロ対策に国家緊急権が必要では?
- ハイパーインフレが起きた時、国家緊急権で対処すべきでは?
- 危険な感染症の流行時、国家緊急権で対処すべきでは?
- 衆議院が任期満了したときに災害があると対処できない(現行憲法では参議院の緊急集会は適用不可)。国家緊急権が必要では?
- (3)日本国憲法の設立趣旨に反するため
- まとめ
緊急事態条項(自民党草案98条,99条)がいらない理由
(1)憲法の脆弱性になるため
ナチスはドイツの政権をあくまで合法的に掌握したが、そのときに利用したのがワイマール憲法の緊急事態条項(48条)である。国会の承認を経ずに法律を作ることができ、基本的人権等を停止することができた。このような規定は将来にわたって悪用可能で、日本国というシステムの脆弱性になる。
自民党草案で問題とされる箇所は次の通り。
- 何をもって緊急事態とするかは、法律によって決められる。武力攻撃、内乱、自然災害は例として載っているが、あとからデモやストなど任意の事象を追加することが可能である。
- 緊急事態そのものの期限が定められていない。100日を超えると国会での承認が必要になるが、何回でも延長可能である。かつ、緊急事態のときには衆議院を解散しないでおくことが可能。
なお本では「緊急事態宣言の事後承認に期限が設けられていない」という指摘もあったが、草案を読むと98条4項で5日以内と規定されており、正しくない。
(※2017/7/8 追記:そうじゃないよとコメントあり。詳しくはコメント欄参照。)
第98条(緊急事態の宣言)
(中略)
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
第60条(予算案の議決等に関する衆議院の優越)
(中略)
2 予算案について、参議院で衆議院と異なった議決をした場合において、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算案を受け取った後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
(2)そもそも必要なケースがない・少ないため
国会で自民党議員がさまざまな例を持ち出して緊急事態条項の必要性を主張しているようで、個別具体的な反論をしている。
基本線としては、現行の憲法(54条 参議院の緊急集会)と各法律(災害対策基本法など)で対応できるという主張。以下、例と反論を要約する。
震災級の災害があると色々しっちゃかめっちゃかになる。緊急事態条項があればスムーズに解決できるのでは?
- 法律で必要な権限が既に付与されている
(災害対策基本法、災害救助法、警察法、自衛隊法)。内閣が物資統制、公共機関への指示、警察・自衛隊の統制が可能。土木・輸送・医療業務の命令が可能。財産権を制限する法律も既にある。(被災して障害となる家財などを撤去可能) - 実際なくて困ってない。日弁連が東日本大震災で被災した市町村にアンケートをとったところ、96%が憲法は障害でないと回答。(アンケート結果はWeb上では見つからなかったが、このイベント内にて結果が発表された模様)
災害時、デマや憶測の流布が問題となる。情報の統制や表現の自由の制限は必要では?
- 災害時に必要なのは正確な情報の提供である。情報を統制しようとするのは方法論として間違っている。
南海トラフなどの不測事態の対策に国家緊急権が必要では?
- 災害対策は平時に準備をしていないとできないものなので、緊急事態条項の有無は関係ない。原発事故で被害が広がったのは、憲法が障害になったからではなく、「原発事故は起きない」という誤った前提のもとで避難計画などが準備されなかったのがいけない。
災害時に縦割り行政や法律の壁が問題となることがある。緊急事態条項があれば解決できるのでは?
- 準備していないことはできない。法律の問題には法律をもって対処せよ。
災害時、ねじれ国会となっていると立法に支障がある。国家緊急権が必要では?
- 災害が起きたときくらい与野党協力して事態解消にあたれ。
世界中でテロが起きている。テロ対策に国家緊急権が必要では?
- 国家緊急権は、平時の統治機構が機能しないときの制度。テロは単なる犯罪であり、法律で対処すべき。(国民保護法、事態対処法)
ハイパーインフレが起きた時、国家緊急権で対処すべきでは?
- テロと同じく統治機構に問題はない。法律で対処すべき。
危険な感染症の流行時、国家緊急権で対処すべきでは?
- 既にインフルエンザ対策法がある。それを準用して法律で対処可能である。
衆議院が任期満了したときに災害があると対処できない(現行憲法では参議院の緊急集会は適用不可)。国家緊急権が必要では?
- その問題は確かに存在する
- しかし、衆議院が任期満了を迎えること自体がレアケース(戦後1回しかない)。災害が重なるケースは更にレア。
- そもそも憲法改正するのであれば、参議院の緊急集会の適用範囲を衆院の任期満了時にも拡大すれば、今の制度の延長で対処できる。その方が簡単なのに、自民党草案で問題が放置されているのはなぜ?
(3)日本国憲法の設立趣旨に反するため
現行憲法の制定時、1946年帝国憲法改正案委員会にて、当時の金森徳次郎国務大臣が国家緊急権をあえて設けていない理由を答弁している。
民主政治ヲ徹底サセテ国民ノ権利ヲ十分擁護致シマス為ニハ、左様ナ場合ノ政 府一存ニ於テ行ヒマスル処置ハ、極力之ヲ防止シナケレバナラヌノデアリマス 言葉ヲ非常ト云フコトニ藉リテ、其ノ大イナル途ヲ残シテ置キマスナラ、ドン ナニ精緻ナル憲法ヲ定メマシテモ、口実ヲ其処ニ入レテ又破壊セラレル虞絶無 トハ断言シ難イト思ヒマス、随テ此ノ憲法ハ左様ナ非常ナル特例ヲ以テ――謂ハ バ行政権ノ自由判断ノ余地ヲ出来ルダケ少クスルヤウニ考ヘタ訳デアリマス、 随テ特殊ノ必要ガ起リマスレバ、臨時議会ヲ召集シテ之ニ応ズル処置ヲスル、 又衆議院ガ解散後デアツテ処置ノ出来ナイ時ハ、参議院ノ緊急集会ヲ促シテ暫 定ノ処置ヲスル、同時ニ他ノ一面ニ於テ、実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ 必要ナ規定ハ、平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテ 置クコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス、
このような方針のもとで、緊急事態条項はあえて現行憲法に盛り込まれていない。これを覆すだけの理由が自民党草案にはない。
まとめ
結論は70年前に出ていたのだという感じである。金森国務大臣の答弁は説得力がある。
あとはこれに対する再反論を改憲論者から聞いてみたい。
参考資料: