風景雑感
実家に帰っている。見たり感じたりしたことを忘れないようメモしておこうと思う。
- 駅から実家までの道すがら、どこかに新しい住宅が建っている。元には別の建物があったはずで、それはよく覚えているものもあれば、何があったか全然思い出せないものもある。そしてまた新しい工事を知らせる看板が立っている。
- 住宅地の侵食、拡大、新陳代謝という表現が当てはまるなと思う。
- 家まであと100mほどの最後の曲がり角、実家が見えようかというところで、自分は既になくなってしまった家の半分(通称:体育館)をリアルに想像している。あの玄関。あの植え込み。しかし角を曲がって実際に目に入るのは白くこぎれいな真新しい他人の家である。もう体育館はない。
- ショックや違和感というほどのものではないけれど、まだ風景が自分の中のものになっていない。慣れていないだけだと思う。1〜2ヶ月に1度でなく、仮に毎日見るようになったら慣れるんじゃないか。わからないけど。
- 実家の周りは空が広くて、家と家の間隔にゆとりがある。都会の空は狭い。家も隙間なく詰まっている。
- 家についてお茶を飲んでいるとウグイスが鳴いているのが聞こえる。庭の木が風にそよいでいるのが見える。
- 庭の向こうは川べりで開けていて、空がよく見える。隣家が迫っていないことは贅沢なことだと気が付く。まあ体育館は他人の家に変わってしまったけれど、それによって気づいた面がある。
- 静かである。時計の秒針の音だけが聞こえる。都会の家は常に換気扇が音を立てていてマシン室やデータセンターを思わせる節がある。
- 実家はピアノが弾ける。歌が歌える。
- 十数メートルに成長した木が林立する緑地が点在している。散歩中に木立の中のベンチで一休みしたら、木のざわめきがとても気持ちよかった。
コロナで日頃出かけていないせいか、いつになく郷愁めいたものを感じる帰省になった。